何かを残したい

誰しも生まれてきたからには何かを残したい考えはある。

 そして自分の死後も、それを残しておきたいと思いつつ、その故人を思い出して欲しいと思うもんだが、やはり、それをするには健全な努力が必要である。

 とりあえず勉強、仕事、スポーツ等々である。

 時々、他人様を誹謗中傷したり、心を傷つけるのを趣味ではなく「趣味」にしてる人々もいるが、その類は忘れられてしまうし、嫌なことを忘れようとする本能があるそうだ。つまり健全な努力が実ると、その本能が頭の中で、どんどん増えるのだ。

 昨夜、これを書く代わりにyoutubeで映画を見たが昭和15(1940)年公開の映画を見たが、おもしろかった。「youtube 1940 Tuition (Su-eop-ryo)」検索すれば見れるはずだが、おもしろかった。日本統治下の朝鮮半島を舞台にしてる映画で、どうやら子供向け家族向けの映画のようだが、おっさんが見てもおもしろかったし、とても感動した。

 何より小学4(5?)年生の主人公の少年が、とてもよかった。

 その少年は普段から健全な努力をしてるし、おまけに周囲には心優しい大人達である、両親、祖母、教師そして友人達、おまけにガールフレンド・・・・・

 途中、諸事情により、ひとりで、しかも徒歩で遠くに行かねばならないのだが、それに関しては少しも孤独ではないようだった。何しろ主人公の周囲には、すばらしい人々が多いし、きれいな風景ばかりだ。白黒映画だが、あのきれいな風景には感動したし、金魚、メダカ、植物に対する撮影にも感動したので、後日、その撮影場所を訪ねてみたい。

 関係者達は、ほんとうに、すばらしい映画を残したのだ。

 やはり何かを残すのは大変だし、才能もあるのだ。

 「才能」・・・・この言葉は、あまり好きな言葉ではないのだが、やはり才能はあるのだ。

 

 そう考えると、あるyoutuberも、その才能があるのだ。

 才能・・・・・

 「才能?そんなもんは気合根性努力で十分補えるのである」と、ごく最近まで信じてたが自分自身少しの努力で確率統計ができるようになった時は感動したし、才能があると思えるようになった。ちなみに大学で数学を専門にしてる人々でも確率統計を苦手とする人々は多く、専ら微分積分、代数幾何、特に前者である。


 なお、その映画だが監督等一部の人々は、その昭和15(1940)年から、わずか約10年後の朝鮮戦争、南北分断等でお亡くなりになってるのを別なサイトで知ったが、こうして80年も経過した今でも感動を残すことができたのだ。残してくれた映画を見つつ主人公等関係者を忘れずに、これからも過しつつ、あるyoutuberの動画を時々、視聴し、もっと時々コメントを書くが感動をしていただけてるであろうか・・・・・?